日々悩めるある大学生の記録

とある大学生が日々思ってることや伝えたいことを色んな人との交流を目的に書くブログです。

将来やりたいことについて

こんにちは、シイです!

 

今回は将来やりたいことについて書いてみたいと思います。そのため、ただの自分語りになってしまうと思いますがご容赦ください。

 

そう書き出してみたものの、私は将来やりたいことが明確に決まっているわけではありません。それでも目標があるのです。いろんな「モノサシ」で人を図れるような世の中にしたいという目標が。

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今の世の中、特に大学生までの「評価」を決めるものとはなんでしょうか?これは一般的には悲しいことですが「学力」であると言わざるを得ません。少しづつ崩れてきてはいるのでしょうが学歴社会というものは未だに健全です。まず「学力」ひいては大学名で大学生は判断されます。

 

それゆえ高校生はおそらくご両親や先生にこう言われるのだと思います。「やりたいことがなくてもとりあえず賢い大学を目指しなさい」と。

 

しかしこれは正しいことなのでしょうか?大学生は勉強をしないという批判を度々耳にしますが(自分が大学生であるのにこういうことを言うのは開き直っていると捉えられるかもしれませんが 笑)それは当然でしょう。

勉学をしに大学に行こうと思っている学生がどれほどの割合いるのでしょうか?昨日の記事でも少し書きましたが人は内側から湧き上がってくる気持ちにしか基本的には従いません。であるならばとりあえず上を目指せと言われて入った大学でのモチベーションなど本来的にはあるはずがないのです。

 

少し話は逸れますが、日本に残っている資源とはなんなのでしょうか?当然鉱物資源などは今は残っていません、どこを掘っても豊富な油田などでてきません。日本に残っている資源は人的資源しかないと思っています。であるならばこそ、めんどくさいなどと言いながらとりあえず単位のために出席するような大学生を放置しといていいのでしょうか?

 

もともと大学とは学業を修めるための場です。つまり勉強をしたい人が行けばいいところなはずです。逆に考えればこういうことです。自分はケーキが好きだからパティシエになる、もしくは映画が好きだから映画監督になる、そういった勉学以外の「モノサシ」をなぜ用意できていないのかもしくはしないのかが甚だ疑問なのです。

 

一応断っておきますが(笑)私個人は勉強することは好きです。しかしそうじゃない人にとっても「勉学」を押し付けるのはどうなのかと。やりたい分野であるならばその人は勝手に学んでいくはずですから。

 

この各個人が好きなことを追求できるような世の中にしたいという理想と実際にどういうことをすればという現実のギャップを私は埋めれずにいます。もし何かアイデアがある方がいれば是非是非教えてください。

こんな思いの羅列のような文章を読んでくださり、ありがとうございました。それではまた!